「社会のデジタル化」でわからないこと

日本は、諸外国と比較して、行政手続きのデジタル化がたいへん遅れているということがたびたび論じられます。政府は、新型コロナによって疲弊した経済を立て直す柱として「クリーンとデジタル」を掲げています。前半の「クリーン」は石炭火力などの二酸化炭素を出す方式から、太陽光や風力発電あるいは、自動車もガソリンエンジン車から燃料電池やEV車に置き換えていこうというもので、新しい産業育成やインフラ整備が必要になるもので、長い目でみると景気浮揚策になるものだと理解できます。

一方の「デジタル化」は、どうなんでしょう。現在の紙で提出している多数の申請書などをどんどん「ペーパーレス」なものに置き換えていくと、それに必要な機材を官庁が調達しなければならないので、情報産業に発注がまわるのは理解できます。それによって、人手を介していたために時間のかかった手続きが迅速に処理できることもわかります。それは、裏をかえせば、多くの役所の人員が不要になるということを言っているように思います。はたして、何割の人が不要になるのか、そのような試算を見たことがありません。タブーなのか。社会全体にとってデジタル化は長い目でみるとほんとうに景気刺激策なのか、気になるところです。

もうひとつ、「一人も落ちこぼれを出さないデジタル化」というスローガンがあります。いまでさえ、携帯電話やスマートフォンの機能は苦手で持ちたくないという高齢者が多いなかで、「一人も落ちこぼれを出さない」というようなことが、実態として可能なのかどうか。「デジタルツールでの申請ができますが、従来どおり紙による申請も可能です」という道を残すと、二重の無駄になってしまうような気がします。

これも気になる点です。

(本文とは関係ありません。公園の木々も色づいてきました)