梅雨が明けても自然災害のことを思う

関東では梅雨が明けました。急にセミの声が大きく聞こえてきます。
今週は、緊急事態宣言のさなかにありながら、オリンピックの開会式が予定されています。
テレビは一部ではこの新型コロナ渦の中なのにオリンピックなどをやっていていいのか、というオリンピック反対の世論におもねっていたところがありましたが、開催されれば賑やかに報道されるものと思います。批判はしません。みんなわかっていることです。
ところで、先日まで梅雨前線の線状降水帯の被害などがいろいろありました。この
オリンピックやパラリンピックの期間にそのような大きな自然災害がやってこないことを祈りたいと思います。

生々しく記憶にあるのは、熱海の土石流の被害です。この炎天下のなかでも引き続き
捜索作業にあたっておられる大勢の方は、たいへんご苦労されていることと思います。
発生現場付近で崩落した盛り土の造成の経緯に関して、今後、静岡県と熱海市の行政責任も含めて検証すると副知事が語っていました。
今回わかったことは、このような災害の危険性が予知されることで求められる行政の規制が日本国全体で一律ではないということです。静岡県の難波副知事自身が盛り土造成について「厳しい神奈川県で審査が通らなくても、規制の緩い静岡県でやれば楽だ。行政上の不備があったことは間違いない。」と述べ、条例改正を急ぐ方針とのことです。
その神奈川県内では基準に違反した土砂の埋め立てなど不適正な処理が、1992年度~98年度に計69件もあったことがわかっています。土砂崩壊や流出による災害発生の恐れがあるため、業者を指導したものの、現行法では対応できない部分があるため、県として土砂の適正処理に関する条例を99年に制定したとされています。
このような経験を踏んでいる県が隣にあってもすぐ隣の静岡県は右へならえとならない
ところが、残念なことに今のこの国の制度になっています。それぞれの地方特有の自然環境や習慣、さらには地場の産業があるので、条例や規制には一定の県単位の裁量が認められています。
多くの犠牲を払いながら改良を重ねていくしかないというような各県独自の条例なども、たとえば、AIを活用して、どの分野に関してはどこの県がどういう理由で先行しているのかというような問題を自然条件や社会環境などの複数の要因を考慮しながらデジタルに比較して見やすく並べて見えるようにならないものかと思った次第です。
(熱中症への備え、重要です)