デジタルの先行事例として給与の銀行振り込みの場合

新型コロナ対策として、行政の窓口の各種申請書から印鑑を廃止する動きが進んでいます。さらに、将来は「デジタル化」に向かうとされていますので、紙の申請書に代わって、スマートフォンやタブレット端末から入力することで手続きが完了することになるものと思われます。

ところで、話は脱線しますが、ひと昔前まで、給与やボーナスは現金、つまり、紙幣で渡されていたものが、今は、たいていの会社は銀行振り込みになっています。これも「デジタル化」です。何か参考になるものがあるか見ていきます。

まず、何がきっかけで始まったのか、多くの方はご存知だと思います。

「昭和49年の国家公務員の給与の口座振込制の導入について、大蔵省職員が解説した記事によれば、昭和43年の3億円事件を契機として、現金輸送に伴う危険が一般に認識され、口座振込制に対する関心が急速に高まった」とされています。

昭和生まれの方はよくご存知の「3億円事件」です。東芝の府中工場で従業員に支払われるボーナスのための現金が輸送される際に、白バイ警官に扮装した犯人によって、そっくり奪われたのでした。

「現金輸送に伴う危険が一般に認識され、口座振込制に対する関心が急速に高まった」という割には、国家公務員の給与が口座振込制に切り替わるのに、それから6年もかかっています。

帝国データバンク資料館に「この年の12月に、住友銀行と立石電機株式会社(現オムロン株式会社)が共同開発した世界初の現金自動支払機いわゆるキャッシュディスペンサー(CD)が東京・新宿と大阪・梅田に登場しました。おそらくCDの普及が進んだことで給与振込も定着していったのでしょう。」という記載がありました。

まさに、必要性が認識されても、必要な道具立てがそろわなければ、なかなか切り替わらないという事例かと思います。

しかも、ただ「道具があればいい」ということではありません。途中、銀行振り込みを推奨する目的で、以下のようなキャンペーンが行われたようです。

1.給料を落とす、盗られる心配がなくなる
2.自動的に預金となり、その日から利息がつく
3.必要なだけ引き出して使えば、効率的な資金管理ができる
4.出張中、休暇中でも受け取れる
5.家計の合理化に役立つ

さらに、東京や大阪をはじめあちこちにキャッシュディスペンサーが普及し、給与が銀行振り込まれても即座に必要な都度、お金をおろすことができるという「安心」がセットになってはじめて実現したとされています。

さて、話の発端は、行政手続きから申請用紙などの「紙媒体」がなくなるのはいつのことになるか、という私の素朴な思いです。

①申請用紙を窓口で手渡して、受け取った係の人をはじめ何人もの承認手続きを経なければ手続きが完了しないという状況は改善されるべきであるという要請【必要性の認識】

②申請用紙を通じた手続きに代わるデジタルな道具立てが用意されること【道具立て】

ここまでは見通せます。

「給与の銀行振り込み」の事例では、その二つに加えて、申請者が便利さを実感すること、さらには、【安心できる】という保証が伴うことが必要でした。

昨年、「◎◎PAY」という決済の仕組みがずいぶん宣伝されましたが、日常の細かな買い物もデジタルな決済でというところまでは、もう一歩という感じがします。便利さに加えて「安心」がかなめなのか。

行政手続きの「デジタル化」に関して、諸外国では国が強制力を発動して片づけてしまうということも考えられますが、日本の場合、段階を踏む必要があるものと思われます。9月に発足する「デジタル庁」には、デジタル分野に明るい民間の方も大量に制度構築に係ると報道されていますが、そのなかに「安心」の専門家が含まれているのか気になるところです。

(公開されているスタジオジブリの「紅の豚」からイラストをいただきました。本文とは関係ありません)